TUGUMI

TUGUMI/吉本ばなな(中公文庫・1992年)
生まれながらにして病気持ちでいつ死んでもおかしくないからこそ、今を激しく生きているつぐみを見ていると、人生はこうでないと面白くないだろうと思った。先延ばしに出来る明日はなく、今しかないのだ。つぐみが楽しんで生きていることを感じれば感じるほど、その影から死が顔をみせる。そうした喜びと切なさが同時に存在していて、つぐみはいつか死ぬんじゃないか?そんなエンディングは見たくないので、このまま途中で読むのをやめてしまおうかと思ったが、結局最後まで読んだ。
裏表紙のレビューに「切なく透明な物語」と書いてあって、「透明」ということについて考えながら読んでいた。混じりっけのないピュアな感じは、「純粋」という言葉で表現できるし、具体的ではないぼんやりとした記憶の情景は、「抽象」という言葉で表現できそうだった。ここで使われている「透明」とは、あったかどうかも思い出せないぼんやりとした記憶のボリューム。そんなことを言っているのだろうか?
Mies Van Der Rohe 1886-1969

Mies Van Der Rohe 1886-1969 空間の構造
/グレア・ジマーマン(TASCHEN・1991年)
フリードリッヒ通りの摩天楼
スラブが見えるという透明性と反射が生み出す不透明性が同時に存在している。プリズム形の平面形状は、ガラスの反射を考量した形であったようだ。
レンガ造りのカントリーハウス
ここでは、壁の意味変換を意図していた。内外の境界として壁をつかうのではなく、田園に向かって無限に伸びていく壁に、内外を繋ぐものとしての意味をもたせた。
20世紀 建築の巨匠

20世紀 建築の巨匠
/総集編(X-knowledgeHome・2007年)
MIES VAN DER ROHE
ミースには「自分の建築」という感覚がない。時代や文明を表現するのが建築であって、個人的な表現手段ではなかったようだ。そこがコルビュジエとは大きく異なる。
ミースは、「時代の意志」が建築を決めていくと考えていたようで、時代、すなわち近代を表現する素材が、鉄とガラスだったわけである。
鋼材は工業生産、量産型であることが前提なので、小ロットの住宅には不向きな材料だったと言える。そんなわけで、ミースはファンズワース邸を最後に住宅の設計はやめるといったそうだ。そしてより大きなスケールの建築へ設計活動を展開していった。
FRANK LLYD WRIGHT
内側の力から出来上がる形を「装飾」と呼んだ。手が動くのは、その周りを包んでいる皮膚が骨を支えているからで、装飾とは皮膚のようなものであるらしい。そうした内側と不可分のもの、有機的関係を保持した形が「装飾」と呼ばれてる。
反建築

反建築 〜大規模開発と建築家〜
/フランコ・ラ・チェクラ(鹿島出版会・2011年)
著者は、建築教育を受けたが建築家ではなく文化人類学者として生きている。フィールドワークには、コンテクストの理解が必須なので、サブカルチャーへの言及が多く親しみを感じる。建築家の捉える都市の視線よりも、より生活者の視線で都市を捉えてるように感じる。
再開発とは、結局作り手側の理論で住みやすそうな理想像でつくられてしまう。その地に住んでいる人やコミュニティ、その土地がつくり上げてきた歴史的意味などはすべて白紙にして、富裕層のための消費の場としてつくり替えられてしまうのだろう。「地域的な記憶」を継承した開発が必要であるが、不動産の経済原理で行われる地域開発では、なかなか実現が難しくなっている。建築家は開発のブランドイメージとして、奇抜なフォルムをつくる手下となっている。
* * *
建築は芸術よりももっと普遍的であり、その他のあらゆる文化のフォルムに比べてより広く多種で容易に理解可能なフォルムで、神聖な物のように過去を保護する。趣味とあこがれを、都市の道を歩き、歩きながら眼差しを上に向ける人全員に暴露する。絵画はギャラリーにあり、文学は本にある。ギャラリーは訪問され、本は開かなければならない。しかし、建物は常に私たちと一緒に存在する。民主主義は都市の現実であり、建築はその芸術である。 〜ロバート・ザイオン〜
私たちが住みたい都市

私たちが住みたい都市/山本理顕・編(平凡社・2006年)
サランラップ・シティ
コンビニやスーパーでは生鮮食品がサランラップに包まれて売られている。サランラップという透明な被膜1枚に包まれることで食料品、野菜、果物の意味が変ってしまった。かつては、八百屋で土のついた野菜のざらざらした手触りや香り等で選んでいたが、今はラップ1枚に包まれているだけで全て衛生的でかつ新鮮であるかのように思い込んでいる。触感や香りが消されることにより、新鮮さが逆に浮かび上がってくるという逆説が起こっている。人々はまるでテレビの映像を見ているかのように果物が腐っていくものだとは想像せずに買っていく。そのような現象が都市で起こっているのではないか?
岐阜県営団地という事件
nLDKから逸脱したプランで多くの批判を受けたが、数十倍の応募があった。住んでいるのは、同性同士やバツイチ、バツニなどの家族でいわゆる一般的な家族構成ではない。nLDKというプランは、核家族(夫婦+子2人)のためにつくられたものであったが、社会からはもうとっくに核家族は少なくなり、その他のタイプの家族が増えている。多様な家族構成の人が生きる社会であるのに、公団の住戸プランはいまだにnLDKだけというのは奇妙だ。
日本人の老後

日本人の老後/長山靖生(新潮社・2007年)
高齢者にも、年齢よって分類分けがあって、
60〜64歳を 定年シニア
65〜74歳を 前期高齢者
75歳以上を 後期高齢者
と呼ぶようだ。
老いた老人を都会に呼んで同居するという「呼び寄せ老人」という人達がいるようだ。かつては親の面倒をみるために、子が田舎に帰った。まもるべき家がそこにあったからだ。
定年後のただならぬオジサン

定年後のただならぬオジサン
/足立紀尚(中公新書ラクレ・2006年)
人間には、社会や他者との関わりを持つなかで得られる種類の喜びがある。そうした活動の方が、長続きするようだ。
高齢者へのサービスは、高齢者(定年シニアのボランティア活動)によって支えられている。例えば、ひとり暮らしの高齢者に週3回お弁当を届けるサービスは、シニアスタッフが主婦の経験を活かしてできる仕事のひとつで、あっさりした味付けで低蛋白質の献立になっている。
家族を容れるハコ・家族を超えるハコ

家族を容れるハコ・家族を超えるハコ
/上野千鶴子(平凡社・2002年)
集合住宅(団地)が成立した背景 1920年代
1)関東大震災により大量に住宅を供給する必要があった。
同潤会は団地と呼ばずアパートと呼んだ。団地と呼ばれるのは1950年代以降
2)鉄筋コンクリート造は耐火建築物であり、安全であるという時代認識があった。
という社会的必然性が生み出した。
家族にはプライバシーが必要という考え方があったので、上下左右に関わりあいのない閉じた住宅が反復されることになった。それは都合良く効率的であった。ところが同潤会アパートなどの初期集合住宅には、共同施設や学校、商店、公園などの周辺地域に関係するさまざまな施設があった。それは周辺地域にそういったインフラがまだ整備されていなかったで、団地を建てることでその地域一体を含めて整備しようという狙いがあったからだ。また、同潤会アパートは1920年代のソビエトの集合住宅をモデルにしていたため、社会主義思想が描き出す、共同生活や等しく平等である社会が美しいということが反映された結果ではないかと考えられる。
個室を確立するというのが戦後の設計思想の中心にあった(戦前は個室がなかった)。それがnDKであり、nLDKという形式を生んだ。51Cが提唱した「食寝分離」は、寝室とダイニングキッチンに分け、住宅(家族という共同体)内にプライバシーを確保した。最低限のプライバシーを確保することが求められた。なぜプライバシーの高い空間がよいとされたのか?ブルジョワ的生活への憧れがそうさせたのだろうか?
プライバシー
周辺地域との関係が失われた状態、自己充足・自己負担・自己責任の状態、あるいは私領域、つまり公領域と対の概念として考えられる、いいかえれば公領域(社会)との関係において成立する概念である。
プライバシーにも濃度がある。買い物、医療、教育など人間の生活はひとりでは充足できない。つまり完全なプライバシーなどあり得ない。
プライバシーを確保できる単位として「家族」が用いられた。家族が住む場所=住宅は、プライバシーを確保できる場所として考えられた。近代家族は、プライバシーを全て抱え込んでしまった。家事、育児、介護などすべて家庭の主婦がその責任においてすることとなった。ところが女性の社会進出により老人介護などが負担になっている。
高いプライバシーを確保することはよいこととして扱われて、プライバシーの領域は世帯からカップル、個人の身体へと切り詰められてきたが、これは強者の理論で弱者に対してはプライバシー(自己責任)が負担になる。弱者(高齢者)は介護が必要で生活が自立できない、他者に依存しなければ生きていけない。つまりこれからは低いプライバシーが求められるのではないか。
山口晃展

山口晃展「望郷・TOKIOREMIX」
@メゾンエルメス・銀座(120211)
東京という街をリミックスする。ここでは時間軸に対してリミックスが行われている。時間が経過していく中で、ものごとは互いに影響し合って変化していく、言い換えれば絶えず進化していくわけだが、過去のある時点で何かが間違って変化しなかったとしたら、きっとこのようなキッチュな世界になっていてもおかしくはないな、と思わせる世界だった。
現在を構成するさまざまな事象は、互いに関係し合った中で意味や存在をかたちづくっていることに気づかされるし、過去なのか未来なのか、進化しているのか退化しているのか、そういった感覚が揺さぶられるような作品である。
そこにはない異質な要素をほり込むのではない、REMIX「混ぜる」という語義について考えさせられた。
未来の学びをデザインする

未来の学びをデザインする/美馬みのり・山内祐平(東京大学出版・2005年)
建築や造形デザイン以外の人たちが、「デザイン」という言葉をどのような意味で使っているのか気になっていた。ここでは「枠組みを構築する」という意味で使われているようだ。形のことではなく、全体的な構成を言っているんだと思う。
学習
「学習」はこれまで「知識獲得の行為」として考えられ、個人的な活動と捉えられていたが、それは教育内容が教科書として流通する近代社会の成立と共に誕生した概念であった。近代以前の「学習」は、徒弟制というかたちで行われており、社会の中で起こる対話やコミュニケーションの中に埋込まれていた。
学習や記憶は、その時の状況や文脈に深く依存していて、共同体との社会的な関わりや共同体の中に存在するものとの相互作用の中で生じる過程だという。
ものを生産する過程や思考・知識を、個人のものから共同体へと広げることと同じレベルのことが、教育や学習の領域でも議論されるように感じた。
構造デザイン講義

構造デザイン講義/内藤廣(王国社・2008年)
空間そのものや空間構成のような抽象的な話ではなく、どうやってモノが作られてるかということを構造と構法を切り口に建築空間を語っている。
* * *
自分の頭で考える
普段目にしているモノの、見えない仕組みや力の流れ、その材料はどうように現場に運ばれてつくられているか、そのようなことを考え自分なりに答えを出すことが大切だ。
リタンダンシー(冗長性)
現代のコンピューターの能力では「木」の性能を完全には解析できない。近代的な思考では分かり易く明快であることが求められるが、木造ではそれは不可能である。ある程度までは解析できるが、あるところからは複雑さや曖昧さを受入れざるを得なくなる。そこに木造の面白さがある。
今後の建築には木造に関らず、リタンダンシーをどう持たせられるかが課題となる。繊細で究極を求めたぎりぎりの設計をすると、それは計算上は成立するが、もし部分に破壊が生じた場合、それおを呑み込める余裕を残していないからだ。
ライアン・ガンター展

ライアン・ガンター展「堕ちるイカロスー失われた展覧会」
@メゾンエルメス・銀座(120130)
このギャラリーで行われる展示は、いつも無造作にばらばらと作品が置かれている。時系列的に整理され、順番に見ていくというものではなく、会場をふらふら彷徨い歩いて作品にぶち当たるというような会場構成になっている。まるで作家のアトリエか、整理される前の作家の頭の中に入り込んでしまったかのようだ。製品になる前の材料を見ている感じに近く、その意味でいろいろ創造力をかき立てるような現場になっている。
今回の展示もまたそうで、挑発的なタイトルをもった作品たちがフロアにちりばめられていて、それらが問い掛けてくる。その問いかけが何を意味しているのかは分からないが、奇妙で変質的な世界である。
40cm角で厚さ5cmほどの黒いキューブが壁から持ち出され、それが床から天井まで一定の間隔を空けながら連続して配置されている作品があった。一見すると柱のようにも見え、壁を背に強い存在感を放っているようにみえた。しかし、一方の側面をみると表面が剥がれいて、壁から持ち出されているように見えたのキューブが、実は見えない空気の壁を背に自立しているように作られている。表面上のそんなトリックが空間全体を大きくねじ曲げるような、そんな強さを感じた。
* * *
1階のガラスのブロックのショーケース。透明の波形ポリカーボネイドをつかった展示がよかった。やぼい建材をこんなふうにも使えるのか!という驚きと発見があった。だれがデザインしたんだろう?
FINN JUHL展

FINN JUHL 生誕100年記念展
@新宿パークタワー・西新宿(120129)
デンマークの建築家兼家具デザイナーの生誕100年記念展。全体を構成するフレームから座面が浮遊したような椅子。そこに座る人はまるで浮いているかのように見える。椅子それ自体で軽さを表現するのではなく、人が座って初めて軽さが表現される。そのような発見があった。
ジャン=ミシェル・オトニエル展

ジャン=ミシェル・オトニエル展「MY WAY」
@原美術館・北品川(120121)
自立する大きな結び目
歪んだ球体が数珠つなぎになって自立している。球体は直径10cm程度、ガラスといっても透明感はなく、黒く鈍い光を放っている。
近づくと個々の球体に自分が映り込んだ。球体がそれぞれ個別の歪みをもっているので、それぞれの球体に映り込んだ姿はすべて異なり、ひとりの人間の多様な側面を写し出してる。いくつもの次元が現象するという意味では、カプーアのパラボラアンテナの作品に共通するものがあるが、映り込む像が多様なので、より錯綜した世界の印象を受けた。
近景と遠景でガラスに映り込む世界が違う。まったく意味の異なったものに思える。
「透明性」や「非物質性」という建築におけるガラスの意味とは違い、ガラスは「歪んだ世界」「異なる次元」のメタファーとして捉えられているように思えた。
東西南北考

東西南北考/赤坂憲雄(岩波新書・2000年)
民俗学者である著者が、「いくつもの日本」という多元的な地域文化の必要性を、縄文時代の社会構造を参照しながら解いている。弥生時代になると階級社会が生まれ、やがて天皇を頂点とした国家が誕生する。縄文時代とは国家以前の社会構造をもった時代なのである。
戦後、柳田国雄の民俗学は「ひとつの日本」という思想のもと、戦後民主主義社会の中で広く受容された。アイヌ圏を排除し、沖縄を特権的な位置づけとして津軽〜沖縄までをひとつの均質な言葉・民族・文化として論じた。それは、列島の内なる多元的な文化の否定であった。
青森の三内丸山遺跡を代表に縄文前期〜中期(5000年前〜4000年前)は、東は西より圧倒的に豊かでヴァライティに富んだ文化をもっていた。西の遺跡は数も少なく貧弱であった。当時列島には26万人が暮らしていたが、内23万人は東に暮らしていたとされている。
東日本は、落葉樹林帯でブナ・ナラの森に囲まれた環境であった。クリ・クルミ・ドングリなどの堅果類が豊かで、狩りの獲物となるイノシシ・シカ・クマなどの獣が多く生息、川にはサケ・マスの遡上があり、食料資源の卓越した環境であったようだ。自然環境に深く依存した暮らしや生業であったためか、地域によって違いはあったものの北海道から沖縄まで柔らかな一様性をもった文化が広がっていた。
団地の時代

団地の時代/原武史、重松清(新潮選書・2010年)
地域全体が異質なものを排除していこうとする雰囲気や、みんな一緒がいい、みんなの言うことが正しいという同調圧力のようなものに嫌悪感をしめす重松さんにとても共感した。
同じ住戸プラン、同じ住棟が繰り返され形成されている団地は、一見すると無機質な環境のように思えるが、建坪率が低く豊かな植栽環境がつくられ、ヒューマンスケールな仕掛けが施されていたようだ。
ぼくの色、わたしの形

ぼくの色、わたしの形
@東京藝術大学大学美術館・上野(120114)
台東区の小中学生の作品展。自分たちの街ではそれを「群展」と呼んでいたが、ここでは「区展」と呼ぶのだろうか?
そこには子供たちの素直でストレートな表現があった。作品をみれば子供のことがよくわかった気がして安心した。今の子供なにを考えているかよくわからない。そう思うなら、まず作品を見てみよう。
このような子供の活動が、まちづくりに積極的に関っていけば面白いだろうなと思った。そのようなプラットフォームを用意して上げる必要があるだろう。
書道。「強い信念」とか書かれた文字が印象的だった。紙面いっぱいに、骨太な文字でしっかりと書かれていて、ことばの意味とかたちがぴたっと合っていた。
長谷川豪展

長谷川豪展 スタディとリアル
@ギャラリー間・乃木坂(120114)
いくつもの異なるスケールの模型がひとつの大きな台の上に置かれている。それぞれの模型の距離がスケールを飛び越えてつながっている。中央には何もない大きな余白。模型台という切り取られた世界ではなく、模型の敷地がそこそこに広がっていく不思議な感じがした。
集合住宅のそれぞれの住戸をばらばらに床に並べた模型。本来壁を背中合わせにまとまっているものが、隙間をあけてバラバラと配置されることで、不思議な雰囲気の領域ができていた。もともと地面に接地するものとして作られていないせいだろうか、接地面に妙な違和感があった。
ギャラ間の隣りの建物は解体され更地となっていた。そのことで2階の展示室には夕日が勢いよく飛び込んできて、模型台に長い影をつくっていた。とても示唆的で、その光と影を見せるための中央の余白のように感じれた。
宇宙11次元計画

土屋信子「宇宙11次元計画」
@SCAI THE BATHHOUSE・根津(120114)
重力に対する問い掛けか?と思ったが、どうやらそうではなさそうだ。
全体的に儚い印象のするオブジェたちを関係付けている水平なスラブは、この作品の核となる部分だと思った。鑞が垂れ流され、いくつもの層を形成し、垂れ落ちている。大気圏突入の摩擦熱によって表面が溶け出しているという表現なのだろうか?
物理的困難を伴ったのにたどり着く。そんな宇宙のイメージに思えた。
ふと数年前に今はなき大阪のキリンプラザでみた宇宙戦艦ヤマトの作品を思い出した(作家は誰だか覚えていない)。あれもどろどろに解けたような表層をしていたように思う。真っ暗な空間の中に得体の知れない塊が存在している、といったような雰囲気だったと思う。
建築、アートがつくりだす新しい環境

建築、アートがつくりだす新しい環境ーこれからの感じー
@東京現代美術館・清澄白河(120104)
作品量の多さと来館者の多さに少なからず驚いた。そして2つのことが、普段見に行く建築展の雰囲気とは違ったものにしていたと思う。1つは建築展にこれほどの人が集まるということ、もう1つはその大半が建築関係者以外の人であるということだ。
セルガスカーノの展示は、湾曲した2枚のアクリルをワイヤーで天井から吊った展示台もよかったが、展示されている模型もよかった。まだ建築になりきれていないスタディ段階の模型(その多くは材料サンプルのようなもの)だが、普通とはまったく違ったところから建築にアプローチすることで建築の新境地を切り開こうとする意気込みが伝わってきた。どんな建築が生まれるのか?まだ誰も見たこともない境地へ足を踏み入れるようなぞくぞくする感覚だ。
スタジオ・ムンバイの展示は、現場で原寸の模型をつくってひとつひとつ確かめながら建築を丁寧につくっていくことの大切さを感じさせてくれた。日本とはプロジェクトの時間感覚がまるで違う。部分ひとつひとつに工芸品のような美しさを感じた。技術がただ闇雲に時間の短縮や作業効率のためだけに利用されてはいないか?と自問させられたように思う。
「みんなの家」という展示。東北の被災地復興に絡めた企画で有名建築家やデザイナー、そして小学生等がA3用紙1枚に「みんなの家」というイメージを自由に構想するというもの。西沢立衛さんの作品が頭1つ飛び抜けてよかった。沖から海岸沿いの街をとった写真でそらに気球がひとつ描かれている。「少しずつ復興していく自分たちの街を眺めることのできる場所(家)、ときには隣りの街に行くこともできます。」とテキストが添えられている。その他の多くの作品が人の集まる空間を描いていた。しかし、そこで人は楽しそうにしているがいったいどんな話をしているかは、伝わってこなかった。西沢さんの作品は、気球の上で自分たちの街について話している住民の声が聞こえてきた。「人の集まる場所」というアイデアは素晴らしいが、それだけではただのステレオタイプだ。人が集まってそこでどんな会話をするのか?そこまで突っ込んでアイデアを展開させないといけない。そう感じた。
ゼロ年代のベルリン

ゼロ年代のベルリン〜わたしたちに許された特別な場所の現在〜
@東京都現代美術館・清澄白河(120109)
ベルリンの壁崩壊後10年のベルリンで繰り広げられている表現活動を包括的に展示した展覧会。ベルリン在住のさまざま国籍・人種の表現者の作品が取り上げられていて、多様な価値観が渦巻いたベルリンの状況を展覧会全体が描き出している。
そのせいあってか、ひとつの事象を複数の視点で捉えた作品が多かった。5人家族の物語を5人の視点で描いている映像作品(モニターも5つあり、中央に立つと5つの物語を平行して見れる)や、スクリーンの裏表に映像が投影されひとつの物語の過去と未来を描いている作品など、同じ場所・時間に居合わせながらも違った情景として描き出されているので、全体的に理解しようとすると時間と根気のいる作品が多かったように思う。直感的にばぁーと体に入ってくる作品は少なかった。おそらくベルリンとはそのように複雑でやっかいな都市なのだろう。
映像作品が多かったのも特徴のひとつだと思う。全部の作品を見ようとすると時間も体力も必要なハードな展覧会だった。
下町ロケット

下町ロケット/池井戸潤(小学館・2010年)
財前部長が佃製作所に視察にくるシーン、ここが一番ぐぐっときた。
試作品をつくるにあたって機械よりも手作業の方が融通が利くこと。
手作業の方が考えるヒントが生まれるということ。
機械はミスをする、人の手の方が正確であるということ。
人は失敗から多くを学ぶことになるが、
その学びしろは、手作業の方が遥かに多いと思った。
ここが違うドイツの環境政策

ここが違うドイツの環境政策/今泉みね子(白水社・2003年)
フライブルグ在住の著者による現地からのレポート。誰かに当てた手紙のような文章で読み易いが、とげのない文章なだけに印象も薄い。
2003年に書かれたものだが、2003年も2011年も日本の現状はあまり変っていないように思う。ドイツと日本とで、環境・教育・生活に関して根本的に考え方がことなるのだろう。ドイツのよいところだけが書かれているが、よくない面や日本の政策がよいと思われる面などを平行してみる必要があるなと思った。
ヴァレリオ・オルジャッティ展

ヴァレリオ・オルジャッティ展@国立近代美術館・竹橋(111204)
細部から全体に至るまで非常に注意深くシンメトリーに構成されているせいだろう、どの建物もとても静かでまるで神殿のようだ。本当に同時代の建築家だろうかとさえ思ってしまう。建築の背後に社会性みたいなものがまるで見えない。こういう風に建築を作る人は日本にはいない。そのせいあってか、とても新鮮に感じられた。
建築が引き起こす出来事には一切触れずに、建築という物質そのものを構成しているようだ。外部の形状や内部に入ってくる光、光によって浮かび上がる空間など一見ありふれたものに見えるけれども、どこか現実とずれている。実に巧妙な罠が仕掛けられているような建築だ。
社会性を帯びること、社会に対してメッセージを発信することだけが建築の意義ではない、社会性とは一時の時代を反映している現象にずぎない。意図的に社会性を消し去ることで、普遍的な建築(まさに神殿のような)をつくり出そうとしているかのようだ。
そのようなスケールで建築を考えるということが、とてつもなくすごい。
グリーン・エコライフ

グリーン・エコライフ 「農」とつながる緑地生活
/進士五十八(小学館・2010年)
農作物も風景をつくるひとつの要素である
農も都市のインフラである
農作物にも四季の変化があり、田んぼなどは初夏には水田でカエルが鳴き、秋には黄金色の穂が一体を覆う。農村や郊外では、都市の中の緑地や街路樹と同じくらい、風景の変化を楽しませてくれるものだ。
郊外で生産し、都市で消費するという生産と消費が分かれた構造になっている。都市は消費の場としてあり、生産されていく過程は都市では感じれなくなってしまった。このことは教育にとってよくない。目の前にある食物がどのようにして出来ているかを知ることはとても大事なことだ。校舎の中に畑をつくり学校農園とするのは、こういったことに起因しているようだ。
著書は、造園学会の会長を務めておられる。都市と農村を含んだ人間の生活のあり方について問うているのだと思う。建築家も同様の種族であるが、より都市計画的、制度的な観点で判断しているところがちょっと違うなと思った。
小布施まちづくりの奇跡

小布施まちづくりの奇跡/川向正人(新潮新書・2010年)
伝統的建築物の「保存」ではなく、「修景」という方法で統一感のある街並をつくっていくというところがポイントとなっている。歴史上のある状態に復元保存する「保存」に対して、「修景」は時の中で経過した古建築の自然な状態に建物、街並を調整する。現代の生活習慣とも適宜調整しながら、まちをつくりつづける。絶えず変更修正を繰り返し、まちづくりに終わりはないというように感じた。
著者曰く「まちづくりは、暮らしづくりだ。」ということらしいが、本書を読むとまちづくりにおける住民の盛り上がりが伝わってくる。人を呼び込むために観光を優先してまちづくりを行う一方で、経済効果だけでなく住民の暮らしも整えていく。計画の主な力点は道の計画に於かれており、道の上に生活空間を広げ、そこで住民と観光客の接点をつくりだそうとしている。テーマパークみたいなまちではなく、生きたまちをいかにしてつくっていけるか、ということの挑戦なのだと思う。
メタボリスムの未来都市展

メタボリスムの未来都市展@森美術館・六本木(111123)
巨大な都市計画は、現代の中国の都市開発のようで今の日本ではまったく陳腐化して見えてしまう。なぜメタボリズムの展示をいまやる必要があるのかまったく解せないが、思想を抜きにした形態の強さを展示からは感じた。白くニュートラルで存在の希薄な現代の建築に対して、60年代は骨太で強い形態でもって迫ってくる、そういった社会の勢いにみるみるはまってしまった。かっこいい。
しかしながら、メタボリズムの思想はある種の理想であり、それを形態に落とし込んだ時の現実とのギャップが大きすぎるように思う。
環境先進国ドイツの今

環境先進国ドイツの今/松田雅央(学芸出版社・2004年)
ビオトープ
空き家が増加した地区を緑地として整備する、緑の増えた地域は住み良い住環境となる。これは、理想だけの話で現実的には公園が増えれば住民にとってはよいが、行政からしてみれば管理する土地が増え、少ない財政でどうやって維持していくがが課題となる。里山的な生態系の環境をつくりだすビオトープは、公園ほど整備されたものではなく管理費がかからない。そんなことから、ドイツでは緑地を公園としてではなく積極的にビオトープとして整備しているようだ。
また、市民農園をつくり土地を市民に貸すことで、管理は市民に任せるということにし、行政の管理費を削減しているようだ。
カーシェアリング
ドイツも中心市街地を離れれば、日本と変らず車がなければ生活できない。カーシェアリングは自家用車0台という目標を掲げた政策ではなく、2台目の購入を考えている市民に対して進める政策として考えられているようだ。目標設定が低い。
曰く、「脱車社会」ではなく「無駄な車利用がない社会」ということのようだ。こういった柔軟な発想はとても重要だと思った。
ビューティフル

ビューティフル@ギンレイホール・飯田橋(111106)
とてもひどい生活環境と過酷な労働、そのシーンから勝手にメキシコシティのスラムが舞台だと思い込んでみていたが、実はバルセロナだった。バルセロナは先進的な都市のイメージがあったが、低所得者層の生活は見るに耐えない。華やかな部分がある反面、格差も大きい。しかもその低所得者層は、不法滞在している中国人たちで、建築現場で安い給料で働かされている。西アフリカからの移民も多いが、彼らにもまた社会は背を向ける。
主人公は、医師からガンを宣告され余命を周囲の人への善意へつくすが、その善意も功を奏さず。都市が抱える影の部分にドラマチックに射す一筋の光、にもなれない影の中のぼんやりとした輪郭。
都市縮小の時代

都市縮小の時代/矢作弘(角川書店・2009年)
人口が減少すると空き家が増える。人が住まなくたった建物は瞬く間に荒廃し、街並や周辺環境が悪化する。付近の住民は別の場所へと引越し、ますます人口は減少するとっいった負のスパイラルを招く。今後数十年後には全国の地方都市でにこういった問題が顕在化することが予想されている。
本書では、これらの解決事例として、東ドイツ、北部アメリカ、そして現にこういった問題を抱えている日本の地方都市を取り上げ紹介している。東ドイツは集合住宅、アメリカは戸建住宅のタイポロジーとして読めそうだ。
東ドイツ
東西ドイツが統合され、東ドイツでは多数の国営企業が倒産した。そのことで、失業者があふれ、大量の若者が資本のある西ドイツへ流れていき、各地で急激な人口減少が起こった。空き家が急増し、環境が悪化することに対して政府は集合住宅の階の減築や撤去などし、空いた土地を緑地として環境を整えている。こうして環境が改善された地区には人が移り住むことになる。このような方法で、行政は広範囲に分散しながら広がった市街地を一カ所に集め、コンパクトな都市をつくろとしている。
このような方法が成立するのは、東ドイツに於ける集合住宅のほとんどが公営住宅であるということだ。空室が目立つ建物に住んでいる住民に対して、別の建物に移住しろなどのコントロールが可能であること、また社会主義時代に建設された集合住宅のほとんどがプレファブ構法で作られており、増改築に容易な構造形式だったことが成立した要因として上げられる。分譲住宅が主体で、RC壁式で作られている日本の集合住宅では、東ドイツの政策をそのまま流用することは難しい。
北部アメリカ
フロストベルトと呼ばれる五大湖周辺の各都市は、炭坑・鉄鋼業などで栄えた都市だが産業構造の転換により工場の閉鎖が相次ぎ、大量の失業者が溢れた。雇用のなくなった街は人が離れ増え空き家が増えることなる。市政府は所有の定かではない家や、税金滞納している家、3年以上放置してある家を撤去したり、撤去の候補となっている空き家を所有者から購入し、撤去政策を押し進めている。このようにして緑地環境の整備された住み良い街に作り替えようとしているようだ。
撤去政策に大きな予算を組んでいることも驚きだが、ここではアメリカと日本の建物に関する価値の違いに注目したい。というのは、アメリカでは、土地の資産価値が驚くほど低く、土地だけを所有していても税金を払うだけでメリットがないからだ。空き家となって荒廃した家屋は、建物としての資産価値はなく、土地にも価値がないので、安い金額であっても市政府に買ってもらった方がよいということのようだ。建物よりも土地に価値がある日本では、このにような行政の計画的な撤去政策は難しい。
日本
スプロールしてしまった街をいかにしてコンパクトな都市に組み替えるか、いかにして雇用を生み出し、急速な人口減少を抑えるかに対して政策がなされている。いずれもそれぞれの地域のポテンシャルを活かした独自の政策に期待がかけられているようだ。
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